宇佐海軍航空隊跡

2024.3.30(土)

前回の続き、前回はこの宇佐市を訪れた時にはもう夕方で滑走路跡、耐弾式コンクリート造建物、落下傘整備所、エンジン調整場を見学すると時間切れになってしまいました。

今回もまた宇佐市に着いた時点でもう夕方…前回と同じような時間。

まずは爆弾池。

飛行場全域に排水をよくするために全域にコンクリート製の管を設置していたそうで、これは発掘調査で出土した物だそうで、爆弾池の中にはこの丈夫そうなコンクリート製の管が割れている物が出土しているそうです。

昭和20年4月21日の空襲でできた爆弾跡だそうで、直径10m、深さが⒈2m。

2階から見た景色ですが、この辺りは麦を栽培しているそうで5月下旬くらいには麦が黄金色になるのでそれは綺麗な景色が見れるそうです。

滑走路跡の近くにある掩体壕。

コレは零戦のエンジンだそうで、国崎沖で引き上げられた物だそうです。

一通り見て終わったので、トイレに行こうと思ってトイレに近づくと…そこにはパンフレットと台の上にファイルが置いてあったので、ファイルを見ていると….。

一台の軽トラがやって来た、軽トラから降りてきたおじさんは2台に積んであったパンフレットを補充し始めた。

そこで、少し話をすることになってパンフレットを補充するってことは教育委員会の方かなぁ?と思って聞いてみると…区長さんだった。

その後も色々と教えてもらいました。

あの掩体壕の奥の方の天井には昔の人の靴跡が残っているとか、この下の写真のブロック状になったコンクリートの塊は滑走路に使われていた物だそうです。

これも教えてもらった事の一つだけど、おそらくこの尾翼が収納される空間は学生たちが盛り土を作ってその上からコンクリートを流し込んで、コンクリートが固まってから盛り土を退けて作ったそうで、その証拠にこの空間の壁とかは凸凹していて、なるほど納得。

左側が奥の部分の凸凹が手作り感がある、右側は凸凹はなくきちっとした作り。

これが区長さんがおっしゃていた靴跡、盛り土を作った時に残っていた靴跡がコンクリートに跡になって浮き出ている状態です。

よくよく見ないと分かりませんし、普通に訪れてただ掩体壕を見に来ただけではおそらく気付かないだろうし、私も普通見てこの靴跡には気づきませんでした。

他にも色々と教えてくださった区長さんありがとうございました。

トイレの所にあった映画の看板…今度見てみようかなぁ。

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